「私」というセクシュアリティの巻
いろんな人を 好きになる可能性を 考えてる。
―まず、今のあなたの状態を読者に説明すると、レズビアンだったけれども今は男性(K君)とおつきあいしていて、しかも同時に女性(Rちゃん)ともおつきあいしていると。
なんかそう言うと鬼畜だなー(笑)。
―バイセクシュアルなの?
うーん、どうだろう。レズビアンだと思うこともあるよ。基本的に女の子の方が好きだし。パートタイムで「ものすごくレズビアン」とか、「ヘテロさんタイム」とかいう感じ。
―女の子だけだと物足りないの?
いや、そうじゃないけど。でも女の子じゃなきゃダメってこともないし。
―それは精神的に? 肉体的に?
べつにセックスがどうっていうのはあんまり考えない。ただ最近、なんだかサカっているのかしら(笑)、いろんな人にときめくからさ。だから性別じゃなくて、その人だけじゃ物足りないってことかもね。 私、ノンケだった頃も、無理して男とつきあっていたというのではなくて、好きでつきあってたの。でもノンケの男と女の役割というものにはすごく不自由さを感じていたわけ。私はもっと自分から動きたいんだけど、どうしていいかわからなくて。相手にもすごくイラついていたし。
―私はレズビアンだからよくわからないんだけどさ、ノンケの女というのはそんなに不自由なの?
うーん、人によるんだろうけど、私は「女からこんなことを言うのは何かしら?」とかいう部分がやっぱりあったのね。例えば、セックスとかって自分から誘いたい時でも、男からうまく誘われるようにしむけなくちゃいけないとかさ(笑)。だから昔、男とつきあってた時は「自分が男だったらこうするのに」っていつも思ってたのね。「その方が女の子が絶対喜ぶのに」とかね。
―タチだな、君は(笑)。
きっとね(笑)。だから「私ならこうする」っていうのをある時ふと、実行に移してもいいんじゃないかと思って、笑っちゃうんだけど、図書館の女性関係のコーナーに行ったの。その時見つけた小さなレズビアンの記事を頼りに二丁目に出てくるようになったんだけど。
―珍しいケースだと思うなあ。よく聞くのは「ノンケとして生きていても、いつでも気になる女の子がいた」ってやつだよね。
かっこいい女の先輩に憧れるみたいなのはあったけど。逆に、女の子ってあんまり好きじゃないと思ってた。いつもつるんでたり、一緒にトイレ行ったりとかそういうのすごく嫌だったの。女子校なんか死んでも行きたくないとか思ってたし。でも、自分が中学卒業する時に、部活の後輩の女の子たちが「ボタンください」とか群がってくるのはうれしかったんだけど(笑)。
―もしかしてさ、思想から入ったレズビアンっていうやつなの? ジェンダーに対して疑問を感じて、新しい可能性を探したかったとかさ。
うーん、それもあるかもしれないし、無意識のうちにもともとレズビアンだったのかも知れないし、自分でもわからない。でも、中学時代のアイドルは小室哲哉だったわ(笑)。男性的なマッチョなものには今も昔もまったく魅かれない。今、つきあっているK君も華奢な人だし。男みたいな女だったら、女みたいな男の方がいいと思うもん。あっ、でもこの間、あるオナベの人にときめいてしまって、もうわけがわからない。自分でもセクシュアリティをどうにもカテゴライズできない。
―女性のどこが好きなの?
女性のどこが好きというより、男性の支配したがるような感じが嫌いかな。両親を見ていて理不尽だと思ったことも大きい。2人とも教師で給料も同じくらいのはずなんだけど、家事や子育ては母親の仕事だったから。父親はゴルフばかりして(笑)。小学校の頃からそういうの疑問で、不公平に思っていて、両親にそう言うんだけど、ただの反抗期とか思われてたみたい。
―あなたは、見た目はどちらかといえば女っぽいけど、Rちゃんに対する振る舞いはもしかしてボーイッシュ?
そうだね。Rちゃんはすごくネコネコした子なんだけど、そうすると私がタチタチしてるのが気持ちいいみたいな(笑)。エスコートしたりするのが気持ちいいの。 でも、二丁目に来たばかりの頃「女の子とつきあってみたい」とか言うと「フン、ほんとにつきあう気あるの?やめとけば」みたいに言われることがよくあったのね。それがすごく嫌だった。
―ノンケに見えるんじゃないの?
そうかも。でも、それにしても変じゃない? 傷つきたくないんだろうけど、ノンケとかバイセクシュアルに対して偏見があるよね。
―でも、実際に今、あなたは男性と女性、両方と同時につきあっているよね。そういうのがつらいのでは?
そうね、うん。でも今たまたま珍しく、だよ。今まではどっちかというと1人の人にのめり込むタイプで、それこそ相手にとって負担なんじゃないかと思っちゃってさ、よっぽどもう1人いたほうがいいのではと思ってた時もあったんだけど、そんなことうまくできなかったし。今、自分で自分に驚いているんだよ。2人の人を好きなんてほんとに?って。いろんな人が素敵に見える時期なの、なぜか。
―こりゃ、2人が3人になる日も遠くないね。
いや、いろんな人に手を出したいわけではないから。今の私には、K君とRちゃん、どちらも必要なだけで。自分の気持ちを半分半分に分けるのではなくて、2倍に濃くなる感じ。どっちとも1対1でつきあっていると思うよ。でも、今の2人は自立しているというか、ベタベタしていないからうまくいっているのかもね。毎日電話したりもしないし、逆に私が「あなただけ」なんて言ったら逃げ出しそう。ちょっとビッチかしら。
―うーん。素朴な疑問だけど、順番つかないの? しかも男と女。
男と女というふうには見てないなあ。ものすごく個性の違う2人という感じ。 最近、セクシュアリティをあまりカテゴライズしたくないんだけど、それというのもセクシュアリティって単なる個性なんじゃないかと思ってるんだよね。アイデンティティに関わるとか、生き方とかそういうふうに思えない。女性を好きになっても、いけないことだとかそういう感覚はなくて、普通の恋愛の悩み、振り向いてくれないとか、そういうことしか思ったことないからさ。だから、自分がバイセクシュアルだとも思えないのよ。男と女として見てないもん、K君とRちゃんのこと。
―それで「私」というセクシュアリティという結論に至ったわけね。
セクシュアリティがどうであれ、人間性とは別の問題として考えていたい。私はずっとノンケだと思って育って、5年くらい完全にレズビアンだと思った時期があって、それで今それを通り越してしまった感じなのね。
―周りのレズビアンの友達は、あなたの変化について何て言ってるの?
近い友達は話せばわかってくれる。でもなかなかね・・・。(男性とつきあっていることを)言い出しにくいなんて、そういうところが、結局このギョーカイって、ノンケ世界のリバースでしかないと思うんだけどさ。 いっそのこと世の中全部バイセクシュアルだということになればいいのにな。同性と異性の比率が違うだけで、99.9%同性が好きとか、私は半々だとか。セクシュアリティに対する思い込みというものがなくなれば、もっと自由だと思わない?
―私は自分が同性しか好きになれないと自分のなかで認識しているのがすごく楽だけどな。
それだとすごくいいなと思う男性が現れた時に、「そんなことあるわけない」と思って見過ごしてしまわない?
―(むむ・・・)。ところで結婚なんかは考えていらっしゃるのかしら?
全然。相手が男でも女でも結婚はしない。以前は「1人の人と一生添い遂げたい」という気持ちがとても強くて、人と暮らしたこともあったんだけど、私、生活が一緒になるのが向いてないみたいなのね。自分だけのお城がないと嫌というか。でもシングルマザーになりたいの。K君もいいと言ってくれているので。あっ、ちなみに彼には私がレズビアンだとか、これまでの経緯をきちんと話しています。
―そうか。でも子供は大変じゃない?
私に迷いがなければ大丈夫だと思う。そのためにもしっかり働いて稼がなくちゃね。そうそう、将来は喫茶店のような店を持つという夢もあるし。
―お見それしました(笑)。
・・・manamiの言い訳・・・
こう言っててほんとにシングルマザーになった私ってすごい(笑)。そんで、K君とは、まんま、ゆーたん父のことです(笑)。あ〜、Rちゃんかあ〜。そんなこともあったなあ(遠い目をする)。同時に付き合ってるなんて言ってるけど、実際はその期間は短かったです(笑)。
たしかに当時はサカっていましたが、子供をつくる時期にサカるのは自然の摂理というものでしょう(笑)。よって、今はもうサカっていません(笑)。ゆーたんとラブラブだもの。当分ゆーたんだけでいいや(笑)。でも、いろんな人を好きになる可能性を考えてるのは今も変わらないです。ゆーたんパパのことは今でも好きだけど、もう他の人を好きにならないとは思えないし。とくに女性(笑)。ああ、女性!!(もだえる) だってやっぱり基本は女の方が好きですもの(うふ)。
レズビアンだから苦労するって思わなかった私なので、今もシングルマザーだから苦労するって思うことぜんぜんない〜。どんなマイノリティでも、自分が「大変」と思っちゃうと大変なんだと思うんだけど。世の中にはたくさんの種類のマイノリティがあって大抵みんなその中のどれかには入ってると思うし。
あれ〜、なんか言い訳できてないや。ま、いっか。こんなやつだと思われても(自爆)。ここ読んで「manamiさんて不潔ッ」って去ってしまう人がいるかも・・・(・・;)
・・・manamiの言い訳・ふたたび・・・
皆さま、これはほんと、昔の話ですから。「女からこんなことを言うのは何かしら?」なんて頃が私にもあったのねん。え〜、喫茶店なんて言ったっけ。(^◇^;)
もう今の私は、ゆーたんと穏やかに暮らせればいいんです(枯れぎみ?)。もともと、仕事で自己実現て人じゃないから。どこにいても何をしていてもわたしはわたしなのさ。キラ。
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